バゲットで顔を覆い尽くした「パン人間」や、お母様である男代さんとの共同作業である「アート・ママ」などの代表作で知られていたはずの折元ですが、昨年の川崎市市民ミュージアムでの近作展「ART x LIFE」での、奔放で親しみに溢れたドローイング、立体、印刷物、様々なパフォーマンスのドキュメントなど、圧倒的な量と質と多様さで、みんながとっくに知っていると思っていたオリモト・タツミに改めて、はじめて、驚きをもって遭遇したのでした。
60年代末から西海岸、東海岸への留学と滞在、後期フルクサスへの参加を経て、70年代末に帰国、施工会社経営者として多忙な日々を送りながら、どんな時も常に制作を絶やさず、バブル崩壊と同時に会社を畳み、あっという間に制作と発表に活動を移し、あくまでも川崎でお母様との生活を基盤としながら、活発に主にヨーロッパで制作発表を進めはじめます。
2014年の青山目黒での初の個展「子豚をおんぶする」は、その発表時の現在進行形であり、「パン人間」はフルクサス・マナーに則って正装した男が、「パンを顔で担いだ」版でもあります。
その「顔でパンを担ぐ」という営みは、名付けて「パン人間」というキャラクターとしてだけで捉えてしまうと、そこで想像が固定されてしまいますが、なにか得体の知れない堂々とした、けれども「私たちに必要な」示唆の様にも見えるのです。
夏の暑い盛り、皆様にお会いできることを楽しみにしております。
ご足労いただきますが、是非お出かけください。
1946年 川崎市生まれ、2025年没。
1970年代に渡米し、ロサンゼルスとニューヨークを拠点に制作を行う。1980年代以降は主にパフォーマンス作品の制作と発表のために国際的に活動した。個展として、原美術館(東京、2000年)、Museum of Art Fort Lauderdale(米国)、Ikon Gallery(バーミンガム、1990年代)、Museu de Arte de São Paulo(MASP、1990年代)などで紹介されている。国際展では、第16回サンパウロ・ビエンナーレ(1981年)、第18回サンパウロ・ビエンナーレ(1985年)、第1回ハバナ・ビエンナーレ(1984年)、第8回シドニー・ビエンナーレ(1986年)、横浜トリエンナーレ(2001年)などに参加。国や文化を越えて広く評価を得た。2025年逝去。