青山目黒では、橋本聡の個展「夜で記す」9月19日-10月18日 /「名は墓」10月18日-9月19日を開催いたします。
橋本聡はこれまで、パフォーマンスやインストラクションをはじめとするさまざまな形式を通じて、社会制度や観客のあり方に介入し、私たちが自明としてきた世界の前提や関係を問い直してきました。身の回りのものや公共空間に、人々の振る舞いを無意識に規定する振り付けを見出し、それを浮かび上がらせ、公的/私的領域を宙吊りにするような問題提起的・政治的なアプローチは、橋本の活動の根幹として展開されてきました。
こうした人々の行為や社会制度への介入と並行して、橋本は、天体の運動や気象、物理法則、経済の力学など、異なる尺度で世界に働く現象や構造にも眼差しを向けてきました。また、言葉を発する主体を人間から事物の側へと移し、世界に潜む法則や現象を、あたかもそれら自身が発する宣告のような短いセンテンスとして提示するアプローチは、近年の橋本の活動においてひときわ強く現れています。
2024年の『美しさ、あいまいさ、時と場合に依る』(遠藤水城キュレーション, kudan house)での大規模な展示は、橋本の活動における大きな分水嶺となりました。「目が2つあるのは、誰かから奪ったから」「夜、地平線に沈んだ太陽がやってくる」「近く、あらゆる名はなくなる/遠からず、あらゆる物質もなくなる」といった短いセンテンスによる作品群において、それまで異なる形式や対象のなかに分散していた探究は短いセンテンスへと凝縮され、世界の尺度や区分、存在そのものの確かさを揺さぶるものとして強く前景化しました。
同年の個展『なくなる』から2年。会期の日付が反転する二つの視座『夜で記す』『名は墓』による本展では、ギャラリーの内外に及ぶ空間と時間を巻き込み、多層的な構成によって新たな展覧会を立ち上げます。
ぜひこの機会に、橋本聡の新たな作品とその展開をご高覧ください。
数学の前提とされる「1=1」は、同一性の確認ではなく、同一化の開始である。異なるものを同じものとして扱うための、最初の偽装である。左側の1と右側の1は、同じ形に見えても同じものではない。それらは別の順序で現れ、別の位置に立つ。同じ形が繰り返されているように見えるだけで、そこにはすでに別々の出現がある。
にもかかわらず、数学はそれらを同じものとして扱う。そのとき差異は消えるのではない。問われないものとして退けられる。「1≠1」は「1≒1」へ縮められ、さらに「1=1」として固定される。等号はここで、二つのものの関係を示すだけでなく、差異を問わないための形式として働きはじめる。
この形式は数学の内部だけで完結しない。社会もまた、異なるものの差異を抱えたまま、それを問わない形式を設けることで作動している。貨幣は価値の差異を、所有はものとの関係を、名前は変わり続けるものを、記録や評価は複数の出来事を、交換可能で管理可能な形へ変える。その意味で社会は、「1=1」を反復する装置と言えるだろう。
しかし、そこで成立する同一性は自然にあるものではない。位置、接触、変化、ずれ、偶然は消えない。それらは同一性の背後へ退けられ、隠された差異として残り続ける。「現実」や「事実」もまた、固定された虚構の内側で成立している。それが反復され、事実のように扱われるとき、その虚構性は隠される。
虚構の側に置かれてきた文芸や芸術などといったものは、虚構をつくりながら、社会が現実として隠した虚構性に触れる。現実から離れるのではなく、現実がどのようにつくられ、どのように同一化され、どのように差異を沈黙させてきたのかを、あらわにする。
等号は中立な記号ではなく、差異を沈黙させる最小の社会装置である。「1≠1」は、等号が閉じようとする場所から、数えることそのものを揺るがしはじめる。一つと呼ばれるものは、世界から切り離された単位ではない。数とは、流れに停止を与えたことにする名である。
橋本聡
1977年 東京生まれ、東京在住。
主な発表に「行けない、来てください」(ARCUS, 茨城, 2010)、グループ展「Omnilogue: JOURNEY TO THE WEST」(Lalit Kara Academy, ニューデリー, 2012)、「独断と偏見:観客を分けます」(国立新美術館, 東京 2012)、「偽名」(「14の夕べ」東京国立近代美術館, 東京, 2012)、「私はレオナルド・ダ・ヴィンチでした。魂を売ります。天国を売ります。」(青山|目黒, 東京, 2013)、「国家、骰子、指示、」(Daiwa Foundation, ロンドン,2014)、「MOTアニュアル2016 キセイノセイキ」(東京都現代美術館, 2016)、「全てと他」(LISTE, バーゼル, 2016)、「Fw: 国外(日本 - マレーシア)」(国際空港, 飛行機, マレーシアなど, 2016)など。個人での活動のほか、An Art User Conference、基礎芸術|Contemporary Art Think-tank、ARTISTS' GUILDなど、アーティストや批評家たちと恊働したグループ活動を積極的に行っている。