シュウゾウ・アヅチ・ガリバー:作家の制作メモ帳より

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「矢じるし」を意識した最初は、1981年に「Weight/Japan trench」という計画を考えていた時だったと記憶している。

この計画は、私の体重と同じ重さを持つ無垢のステンレススチールの球を日本海溝に沈めようとするものだった。球は日本海溝の深みにはあるが、もう見ることはできない。では我々の見ることができる範囲(?)でどのように表現するのか、と進展させていった時に、球がある場所、球の在処を、方向を指し示す「矢じるし」を制作、公開しようとしたのである。「あちらにあります」。今なら。GPS(衛生測位システム)で、球に発信器でも付ければ(?)、スマートフォーンのモニターにでも常にその位置を表示することも簡単にできるように思えるが、それは全く別のものになってしまうだろう。

今年ふと道路工事の現場で、また「矢じるし」を発見した。今まで多くのしるしやかたちを描いてきた。描くという言葉の隣には描写という言葉もあって、モデルという考えも出て来る。私のやってきたのは描写ではなさそうだ。「矢じるし」も描写したのでは決してない。ただ描く、あるいはただ示すものなのであろう。かつて消息という言葉を数多く使っていたことがあったが、これは”「消息ということ」をモデルにした描写”とでもいった構造と同様な構造にあるようにも思える。

「矢じるし」を描いて、西方浄土を、山越来迎図に思いを巡らしてしまうのは、今、若いアーティストと「死」を巡って恊働するかのように互いに思索しているからかも知れない。

 

△にも長い間興味を持ってきた。思い出すのは、春日大社のあの(身の毛もよだつ)若宮おん祭のお旅所の壁に白く浮き出した3段9つの△である。これは横に渡した9本の柱の断面かと思うが、鮮やかなものであった。△を並べてみると、それは点のようなものにも見える。「点は△形をしている」

小学生の時に、大学生だった兄に「わらないものをXとおいて・・・」と数学の方程式を教わったことがあった。「わらないものをXとおく」とはどういうことか、わらないものはおきようもないだろう、と思うと同時に、私は何か、我々のたいへんな秘密、秘術をこの時知ってしまったようにも感じたことも思い出す。△はこの「おいたもの」、そのもの、あるいは「おくという行為」を指し示しているように思える。

 

「アフォーダンス」という考え方にも興味がある。コップを持とうと差し伸ばしつつある手は、すでにコップにそった、コップを受け取るかたちをしているというのである。「思ったことは実現する」(What you envision will take shape.)という言葉、考えを進展させた作品をここしばらく作っている。”ものも、また「アフォーダンス」するのであろうか”、と頭のなかではまた漏電しはじめた。

(作家の制作メモ帳より)

 

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Installation view

2014_Shuzo Azuchi Gulliver Work list_1

2014_Shuzo Azuchi Gulliver Work list_2